。駅夫が屋根をどしどし踏んで、上から灯《ひ》のついたランプをさしこんでゆく。三四郎は思い出したように前の停車場《ステーション》で買った弁当を食いだした。
車が動きだして二分もたったろうと思うころ、例の女はすうと立って三四郎の横を通り越して車室の外へ出て行った。この時女の帯の色がはじめて三四郎の目にはいった。三四郎は鮎《あゆ》の煮びたしの頭をくわえたまま女の後姿を見送っていた。便所に行ったんだなと思いながらしきりに食っている。
女はやがて帰って来た[#「帰って来た」は底本では「帰った来た」]。今度は正面が見えた。三四郎の弁当はもうしまいがけである。下を向いて一生懸命に箸《はし》を突っ込んで二口三口ほおばったが、女は、どうもまだ元の席へ帰らないらしい。もしやと思って、ひょいと目を上げて見るとやっぱり正面に立っていた。しかし三四郎が目を上げると同時に女は動きだした。ただ三四郎の横を通って、自分の座へ帰るべきところを、すぐと前へ来て、からだを横へ向けて、窓から首を出して、静かに外をながめだした。風が強くあたって、鬢《びん》がふわふわするところが三四郎の目にはいった。この時三四郎はからになっ
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