かいに長く浮いている。
「あれを知ってますか」と言う。三四郎は仰いで半透明の雲を見た。
「あれは、みんな雪の粉《こ》ですよ。こうやって下から見ると、ちっとも動いていない。しかしあれで地上に起こる颶風《ぐふう》以上の速力で動いているんですよ。――君ラスキンを読みましたか」
 三四郎は憮然《ぶぜん》として読まないと答えた。野々宮君はただ
「そうですか」と言ったばかりである。しばらくしてから、
「この空を写生したらおもしろいですね。――原口《はらぐち》にでも話してやろうかしら」と言った。三四郎はむろん原口という画工の名前を知らなかった。
 二人はベルツの銅像の前から枳殻寺《からたちでら》の横を電車の通りへ出た。銅像の前で、この銅像はどうですかと聞かれて三四郎はまた弱った。表はたいへんにぎやかである。電車がしきりなしに通る。
「君電車はうるさくはないですか」とまた聞かれた。三四郎はうるさいよりすさまじいくらいである。しかしただ「ええ」と答えておいた。すると野々宮君は「ぼくもうるさい」と言った。しかしいっこううるさいようにもみえなかった。
「ぼくは車掌に教わらないと、一人で乗換えが自由にできない
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