ナも、筒袖《つつそで》の衣服《きもの》でも、使う言葉でも、なんとなく入鹿臭くなってきた。実をいうと三四郎には確然たる入鹿の観念がない。日本歴史を習ったのが、あまりに遠い過去であるから、古い入鹿の事もつい忘れてしまった。推古天皇《すいこてんのう》の時のようでもある。欽明天皇《きんめいてんのう》の御代《みよ》でもさしつかえない気がする。応神天皇《おうじんてんのう》や聖武天皇《しょうむてんのう》ではけっしてないと思う。三四郎はただ入鹿じみた心持ちを持っているだけである。芝居を見るにはそれでたくさんだと考えて、唐《から》めいた装束《しょうぞく》や背景をながめていた。しかし筋はちっともわからなかった。そのうち幕になった。
幕になる少しまえに、隣の男が、そのまた隣の男に、登場人物の声が、六畳敷で、親子差向かいの談話のようだ。まるで訓練がないと非難していた。そっち隣の男は登場人物の腰が据わらない。ことごとくひょろひょろしていると訴えていた。二人は登場人物の本名《ほんみょう》をみんな暗《そら》んじている。三四郎は耳を傾けて二人の談話を聞いていた。二人ともりっぱな服装《なり》をしている。おおかた有名な
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