チたように思われる。影の所でも黒くはない。むしろ薄い紫が射している。三四郎はこの絵を見て、なんとなく軽快な感じがした。浮いた調子は猪牙船《ちょきぶね》に乗った心持ちがある。それでもどこかおちついている。けんのんでない。苦《にが》ったところ、渋ったところ、毒々しいところはむろんない。三四郎は原口さんらしい絵だと思った。すると原口さんは無造作《むぞうさ》に画筆を使いながら、こんなことを言う。
「小川さんおもしろい話がある。ぼくの知った男にね、細君がいやになって離縁を請求した者がある。ところが細君が承知をしないで、私は縁あって、この家《うち》へかたづいたものですから、たといあなたがおいやでも私はけっして出てまいりません」
 原口さんはそこでちょっと絵を離れて、画筆の結果をながめていたが、今度は、美禰子に向かって、
「里見さん。あなたが単衣《ひとえもの》を着てくれないものだから、着物がかきにくくって困る。まるでいいかげんにやるんだから、少し大胆《だいたん》すぎますね」
「お気の毒さま」と美禰子が言った。
 原口さんは返事もせずにまた画面へ近寄った。「それでね、細君のお尻《しり》が離縁するにはあ
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