いる。あれは現実世界の稲妻《いなずま》である。接触したというには、あまりに短くってかつあまりに鋭すぎた。――三四郎は母の言いつけどおり野々宮宗八を尋ねることにした。
あくる日は平生よりも暑い日であった。休暇中だから理科大学を尋ねても野々宮君はおるまいと思ったが、母が宿所を知らせてこないから、聞き合わせかたがた行ってみようという気になって、午後四時ごろ、高等学校の横を通って弥生町《やよいちょう》の門からはいった。往来は埃《ほこり》が二寸も積もっていて、その上に下駄《げた》の歯や、靴《くつ》の底や、草鞋《わらじ》の裏がきれいにできあがってる。車の輪と自転車のあとは幾筋だかわからない。むっとするほどたまらない道だったが、構内へはいるとさすがに木の多いだけに気分がせいせいした。とっつきの戸をあたってみたら錠が下りている。裏へ回ってもだめであった。しまいに横へ出た。念のためと思って押してみたら、うまいぐあいにあいた。廊下の四つ角に小使が一人居眠りをしていた。来意を通じると、しばらくのあいだは、正気を回復するために、上野《うえの》の森をながめていたが、突然「おいでかもしれません」と言って奥へはい
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