u私、なぜだか、ああしたかったんですもの。野々宮さんに失礼するつもりじゃないんですけれども」
 女は瞳《ひとみ》を定めて、三四郎を見た。三四郎はその瞳のなかに言葉よりも深き訴えを認めた。――必竟《ひっきょう》あなたのためにした事じゃありませんかと、二重瞼《ふたえまぶた》の奥で訴えている。三四郎は、もう一ぺん、
「だから、いいです」と答えた。
 雨はだんだん濃くなった。雫《しずく》の落ちない場所はわずかしかない。二人はだんだん一つ所へかたまってきた。肩と肩とすれ合うくらいにして立ちすくんでいた。雨の音のなかで、美禰子が、
「さっきのお金をお使いなさい」と言った。
「借りましょう。要《い》るだけ」と答えた。
「みんな、お使いなさい」と言った。

       九

 与次郎が勧めるので、三四郎はとうとう精養軒の会へ出た。その時三四郎は黒い紬《つむぎ》の羽織を着た。この羽織は、三輪田のお光さんのおっかさんが織ってくれたのを、紋付《もんつき》に染めて、お光さんが縫い上げたものだと、母の手紙に長い説明がある。小包みが届いた時、いちおう着てみて、おもしろくないから、戸棚《とだな》へ入れておいた。そ
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