ナある行為ほど正直なものはなくって、正直ほど厭味《いやみ》のないものはないんだから、万事正直に出られないような我々時代の、こむずかしい教育を受けたものはみんな気障《きざ》だ」
ここまでの理屈は三四郎にもわかっている。けれども三四郎にとって、目下痛切な問題は、だいたいにわたっての理屈ではない。実際に交渉のある、ある格段な相手が、正直か正直でないかを知りたいのである。三四郎は腹の中で美禰子の自分に対する素振《そぶり》をもう一ぺん考えてみた。ところが気障か気障でないかほとんど判断ができない。三四郎は自分の感受性が人一倍鈍いのではなかろうかと疑いだした。
その時広田さんは急にうんと言って、何か思い出したようである。
「うん、まだある。この二十世紀になってから妙なのが流行《はや》る。利他本位の内容を利己本位でみたすというむずかしいやり口なんだが、君そんな人に出会ったですか」
「どんなのです」
「ほかの言葉でいうと、偽善を行うに露悪をもってする。まだわからないだろうな。ちと説明し方が悪いようだ。――昔の偽善家はね、なんでも人によく思われたいが先に立つんでしょう。ところがその反対で、人の感触を害
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