だに果物《くだもの》を置いて、
「食べませんか」と言った。
 三四郎は礼を言って、一つ食べた。髭のある人は好きとみえて、むやみに食べた。三四郎にもっと食べろと言う。三四郎はまた一つ食べた。二人が水蜜桃を食べているうちにだいぶ親密になっていろいろな話を始めた。
 その男の説によると、桃《もも》は果物のうちでいちばん仙人《せんにん》めいている。なんだか馬鹿《ばか》みたような味がする。第一|核子《たね》の恰好《かっこう》が無器用だ。かつ穴だらけでたいへんおもしろくできあがっていると言う。三四郎ははじめて聞く説だが、ずいぶんつまらないことを言う人だと思った。
 次にその男がこんなことを言いだした。子規《しき》は果物がたいへん好きだった。かついくらでも食える男だった。ある時大きな樽柿《たるがき》を十六食ったことがある。それでなんともなかった。自分などはとても子規のまねはできない。――三四郎は笑って聞いていた。けれども子規の話だけには興味があるような気がした。もう少し子規のことでも話そうかと思っていると、
「どうも好きなものにはしぜんと手が出るものでね。しかたがない。豚《ぶた》などは手が出ない代り
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