、と思う。不幸にして絵がかけない。文章にしようと思う。文章ならこの絵はがきに匹敵する文句でなくってはいけない。それは容易に思いつけない。ぐずぐずしているうちに四時過ぎになった。
袴《はかま》を着けて、与次郎を誘いに、西片町へ行く。勝手口からはいると、茶の間に、広田先生が小さな食卓を控えて、晩食《ばんめし》を食っていた。そばに与次郎がかしこまってお給仕をしている。
「先生どうですか」と聞いている。
先生は何か堅いものをほおばったらしい。食卓の上を見ると、袂《たもと》時計ほどな大きさの、赤くって黒くって、焦げたものが十《とお》ばかり皿《さら》の中に並んでいる。
三四郎は座に着いた。礼をする。先生は口をもがもがさせる。
「おい君も一つ食ってみろ」と与次郎が箸《はし》で皿のものをつまんで出した。掌《てのひら》へ載せてみると、馬鹿貝《ばかがい》の剥身《むきみ》の干したのをつけ焼にしたのである。
「妙なものを食うな」と聞くと、
「妙なものって、うまいぜ食ってみろ。これはね、ぼくがわざわざ先生にみやげに買ってきたんだ。先生はまだ、これを食ったことがないとおっしゃる」
「どこから」
「日本橋から
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