かりだ」これは男の声である。
「死んでも、そのほうがいいと思います」これは女の答である。
「もっともそんな無謀な人間は、高い所から落ちて死ぬだけの価値は十分ある」
「残酷な事をおっしゃる」
 三四郎はここで木戸をあけた。庭のまん中に立っていた会話の主は二人《ふたり》ともこっちを見た。野々宮はただ「やあ」と平凡に言って、頭をうなずかせただけである。頭に新しい茶の中折帽《なかおれぼう》をかぶっている。美禰子は、すぐ、
「はがきはいつごろ着きましたか」と聞いた。二人の今までやっていた会話はこれで中絶した。
 椽側には主人が洋服を着て腰をかけて、相変らず哲学を吹いている。これは西洋の雑誌を手にしていた。そばによし子がいる。両手をうしろに突いて、からだを空に持たせながら、伸ばした足にはいた厚い草履《ぞうり》をながめていた。――三四郎はみんなから待ち受けられていたとみえる。
 主人は雑誌をなげ出した。
「では行くかな。とうとう引っぱり出された」
「御苦労さま」と野々宮さんが言った。女は二人で顔を見合わせて、ひとに知れないような笑をもらした。庭を出る時、女が二人つづいた。
「背が高いのね」と美禰子が
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