シった。「いったいそりゃなんですか。ぼくにゃ意味がわからない」
「だれだってわからんさ」と今度は先生が言った。
「いや、少し言葉をつめすぎたから――あたりまえにのばすと、こうです。かあいそうだとはほれたということよ」
「アハハハ。そうしてその原文はなんというのです」
「Pity's《ピチーズ》 akin《アキン》 to《ツー》 love《ラッブ》」と美禰子が繰り返した。美しいきれいな発音であった。
 野々宮さんは、椽側から立って、二、三歩庭の方へ歩き出したが、やがてまたぐるりと向き直って、部屋を正面に留まった。
「なるほどうまい訳だ」
 三四郎は野々宮君の態度と視線とを注意せずにはいられなかった。
 美禰子は台所へ立って、茶碗《ちゃわん》を洗って、新しい茶をついで、椽側の端まで持って出る。
「お茶を」と言ったまま、そこへすわった。「よし子さんは、どうなすって」と聞く。
「ええ、からだのほうはもう回復しましたが」とまた腰をかけて茶を飲む。それから、少し先生の方へ向いた。
「先生、せっかく大久保へ越したが、またこっちの方へ出なければならないようになりそうです」
「なぜ」
「妹が学校へ行き帰り
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