緯《よこたて》のなかに織りこまれている。ただそのうちのどこかにおちつかないところがある。それが不安である。歩きながら考えると、いまさき庭のうちで、野々宮と美禰子が話していた談柄《だんぺい》が近因である。三四郎はこの不安の念を駆《か》るために、二人の談柄をふたたびほじくり出してみたい気がした。
 四人はすでに曲がり角へ来た。四人とも足をとめて、振り返った。美禰子は額に手をかざしている。
 三四郎は一分かからぬうちに追いついた。追いついてもだれもなんとも言わない。ただ歩きだしただけである。しばらくすると、美禰子が、
「野々宮さんは、理学者だから、なおそんな事をおっしゃるんでしょう」と言いだした。話の続きらしい。
「なに理学をやらなくっても同じ事です。高く飛ぼうというには、飛べるだけの装置を考えたうえでなければできないにきまっている。頭のほうがさきに要《い》るに違いないじゃありませんか」
「そんなに高く飛びたくない人は、それで我慢するかもしれません」
「我慢しなければ、死ぬばかりですもの」
「そうすると安全で地面の上に立っているのがいちばんいい事になりますね。なんだかつまらないようだ」
 野々宮さんは返事をやめて、広田先生の方を向いたが、
「女には詩人が多いですね」と笑いながら言った。すると広田先生が、
「男子の弊はかえって純粋の詩人になりきれないところにあるだろう」と妙な挨拶《あいさつ》をした。野々宮さんはそれで黙った。よし子と美禰子は何かお互いの話を始める。三四郎はようやく質問の機会を得た。
「今のは何のお話なんですか」
「なに空中飛行機の事です」と野々宮さんが無造作に言った。三四郎は落語のおち[#「おち」に傍点]を聞くような気がした。
 それからはべつだんの会話も出なかった。また長い会話ができかねるほど、人がぞろぞろ歩く所へ来た。大観音《おおがんのん》の前に乞食《こじき》がいる。額を地にすりつけて、大きな声をのべつに出して、哀願をたくましゅうしている。時々顔を上げると、額のところだけが砂で白くなっている。だれも顧みるものがない。五人も平気で行き過ぎた。五、六間も来た時に、広田先生が急に振り向いて三四郎に聞いた。
「君あの乞食に銭をやりましたか」
「いいえ」と三四郎があとを見ると、例の乞食は、白い額の下で両手を合わせて、相変らず大きな声を出している。
「やる気にならな
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