学界に貢献しようと云う余に対してはやや横柄《おうへい》である。今から考えて見ると先方が横柄なのではない、こっちの気位《きぐらい》が高過ぎたから普通の応接ぶりが横柄に見えたのかも知れない。
それから二三件世間なみの応答を済まして、いよいよ本題に入った。
「妙な事を伺いますが、もと御藩《ごはん》に河上と云うのが御座いましたろう」余は学問はするが応対の辞にはなれておらん。藩というのが普通だが先方の事だから尊敬して御藩《ごはん》と云って見た。こんな場合に何と云うものか未《いま》だに分らない。老人はちょっと笑ったようだ。
「河上――河上と云うのはあります。河上才三と云うて留守居を務《つと》めておった。その子が貢五郎と云うてやはり江戸詰で――せんだって旅順で戦死した浩一の親じゃて。――あなた浩一の御つき合いか。それはそれは。いや気の毒な事で――母はまだあるはずじゃが……」と一人で弁ずる
河上|一家《いっけ》の事を聞くつもりなら、わざわざ麻布《あざぶ》下《くんだ》りまで出張する必要はない。河上を持ち出したのは河上対某との関係が知りたいからである。しかしこの某なるものの姓名が分らんから話しの切り出
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