に想像したのが急に気の毒になって来た。実は待ち合す人があって停車場まで行くのであるが、停車場へ達するには是非共この群集を左右に見て誰も通らない真中をただ一人歩かなくってはならん。よもやこの人々が余の詩想を洞見《どうけん》しはしまいが、たださえ人の注視をわれ一人に集めて往来を練《ね》って行くのはきまりが悪《わ》るいのに、犬に喰い残された者の家族と聞いたら定めし怒《おこ》る事であろうと思うと、一層調子が狂うところを何でもない顔をして、急ぎ足に停車場の石段の上まで漕《こ》ぎつけたのは少し苦しかった。
 場内へ這入って見るとここも歓迎の諸君で容易に思う所へ行けぬ。ようやくの事一等の待合へ来て見ると約束をした人は未《ま》だ来ておらぬらしい。暖炉の横に赤い帽子を被った士官が何かしきりに話しながら折々|佩剣《はいけん》をがちゃつかせている。その傍《そば》に絹帽《シルクハット》が二つ並んで、その一つには葉巻の煙《けむ》りが輪になってたなびいている。向うの隅に白襟《しろえり》の細君が品《ひん》のよい五十|恰好《かっこう》の婦人と、傍《わ》きの人には聞えぬほどな低い声で何事か耳語《ささや》いている。ところ
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