所へ行くのかと聞いたら別にたいした意味もないが、ただ口を頼んでおいた先輩が、行ったらどうだと勧めるからその気になったのだと答えた。それにしてもHはあんまりじゃないか、せめて大阪とか名古屋とかなら地方でも仕方がないけれどもと、自分は当人がすでにきめたというにもかかわらず一応彼のH行《ゆき》に反対してみた。その時重吉はただにやにや笑っていた。そうして今急にあすこに欠員ができて困ってるというから、当分の約束で行くのです、じきまた帰ってきますと、あたかも未来が自分のかってになるようなものの言い方をした。自分はその場で重吉の「また帰ってきます」を「帰ってくるつもりです」に訂正してやりたかったけれどもそう思い込んでいるものの心を、無益にざわつかせる必要もないからそれはそれなりにしておいて、じゃあのことはどうするつもりだと尋ねた。「あのこと」は今までの行きがかり上、重吉の立つまえにぜひとも聞いておかなければならない問題だったからである。すると重吉は別に気にかける様子もなく、万事|貴方《あなた》にお任せするからよろしく願いますと言ったなり、平気でいた。刺激に対して急劇な反応を示さないのはこの男の天分で
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