まりかねるからと逡巡《しゅんじゅん》したくらいでした。嘉納さんは上手な人ですから、否そう正直に断わられると、私はますますあなたに来ていただきたくなったと云って、私を離さなかったのです。こういう訳で、未熟な私は双方の学校を懸持《かけもち》しようなどという慾張根性《よくばりこんじょう》は更《さら》になかったにかかわらず、関係者に要らざる手数をかけた後、とうとう高等師範の方へ行く事になりました。
 しかし教育者として偉《えら》くなり得るような資格は私に最初から欠けていたのですから、私はどうも窮屈《きゅうくつ》で恐《おそ》れ入りました。嘉納さんもあなたはあまり正直過ぎて困ると云ったくらいですから、あるいはもっと横着をきめていてもよかったのかも知れません。しかしどうあっても私には不向《ふむき》な所だとしか思われませんでした。奥底のない打ち明けたお話をすると、当時の私はまあ肴屋が菓子家《かしや》へ手伝いに行ったようなものでした。
 一年の後私はとうとう田舎《いなか》の中学へ赴任《ふにん》しました。それは伊予《いよ》の松山にある中学校です。あなたがたは松山の中学と聞いてお笑いになるが、おおかた私の書
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