について少々|申上《もうしあ》げようと思います。これは今までお話をして来た順序だからという意味よりも、今日の講演に必要な部分だからと思って聴いていただきたいのです。
私は学習院は落第したが、モーニングだけは着ていました。それよりほかに着るべき洋服は持っていなかったのだから仕方がありません。そのモーニングを着てどこへ行ったと思いますか? その時分は今と違《ちが》って就職の途《みち》は大変楽でした。どちらを向いても相当の口は開いていたように思われるのです。つまりは人が払底《ふってい》なためだったのでしょう。私のようなものでも高等学校と、高等|師範《しはん》からほとんど同時に口がかかりました。私は高等学校へ周旋《しゅうせん》してくれた先輩に半分|承諾《しょうだく》を与えながら、高等師範の方へも好《い》い加減な挨拶《あいさつ》をしてしまったので、事が変な具合にもつれてしまいました。もともと私が若いから手ぬかりやら、不行届《ふゆきとどき》がちで、とうとう自分に祟《たた》って来たと思えば仕方がありませんが、弱らせられた事は事実です。私は私の先輩なる高等学校の古参の教授の所へ呼びつけられて、こっち
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