らしく「やっしばらく」と叫ぶように云った。そうしてこれまでたびたび電話で繰り返した挨拶《あいさつ》をまた新しくまのあたり述べた。
 自分と岡田とは今でこそ少し改まった言葉使もするが、昔を云えば、何の遠慮もない間柄であった。その頃は金も少しは彼のために融通してやった覚《おぼえ》がある。自分は勇気を鼓舞《こぶ》するために、わざとその当時の記憶を呼起してかかった。何にも知らない彼は、立ちながら元気な声を出して、「どうです二郎さん、僕の予言は」と云った。「どうかこうか一週間うちにあなたを驚かす事ができそうじゃありませんか」
 自分は思い切って、まず肝心《かんじん》の用事を話した。彼は案外な顔をして聞いていたが、聞いてしまうとすぐ、「ようがす、そのくらいならどうでもします」と容易に引き受けてくれた。
 彼は固《もと》よりその隠袋《ポッケット》の中《うち》に入用《いりよう》の金を持っていなかった。「明日《あした》でも好いんでしょう」と聞いた。自分はまた思い切って、「できるなら今日中《きょうじゅう》に欲しいんだ」と強いた。彼はちょっと当惑したように見えた。
「じゃ仕方がない迷惑でしょうけれども、手紙
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