ない。向《むこう》でもそんな事は待ち受けてやしないだろうし、僕も必ず見舞に行かなければならないほどの義理はない。が、僕は何だかあの女の病気を危険にした本人だという自覚がどうしても退《の》かない。それでどっちが先へ退院するにしても、その間際《まぎわ》に一度会っておきたいと始終《しじゅう》思っていた。見舞じゃない、詫《あや》まるためにだよ。気の毒な事をしたと一口詫まればそれで好いんだ。けれどもただ詫まる訳にも行かないから、それで君に頼んで見たのだ。しかし君の方の都合が悪ければ強いてそうして貰わないでもどうかなるだろう。宅《うち》へ電報でもかけたら」

        二十九

 自分は行《ゆき》がかり上《じょう》一応岡田に当って見る必要があった。宅《うち》へ電報を打つという三沢をちょっと待たして、ふらりと病院の門を出た。岡田の勤めている会社は、三沢の室《へや》とは反対の方向にあるので、彼の窓から眺《なが》める訳には行かないけれども、道程《みちのり》からいうといくらもなかった。それでも暑いので歩いて行くうちに汗が背中を濡《ぬ》らすほど出た。
 彼は自分の顔を見るや否や、さも久しぶりに会った人
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