《の》んで胃病の虫を殺せば、飯なんかすぐ喰える。呑まなくっちゃ駄目だ」
三沢は自暴《やけ》に酔ったあげく、乱暴な言葉まで使って女に酒を強《し》いた。それでいて、己れの胃の中には、今にも爆発しそうな苦しい塊《かたまり》が、うねりを打っていた。
* * * *
自分は三沢の話をここまで聞いて慄《ぞっ》とした。何の必要があって、彼は己《おのれ》の肉体をそう残酷に取扱ったのだろう。己れは自業自得としても、「あの女」の弱い身体《からだ》をなんでそう無益《むやく》に苦めたものだろう。
「知らないんだ。向《むこう》は僕の身体を知らないし、僕はまたあの女の身体を知らないんだ。周囲《まわり》にいるものはまた我々二人の身体を知らないんだ。そればかりじゃない、僕もあの女も自分で自分の身体が分らなかったんだ。その上僕は自分の胃《い》の腑《ふ》が忌々《いまいま》しくってたまらなかった。それで酒の力で一つ圧倒してやろうと試みたのだ。あの女もことによると、そうかも知れない」
三沢はこう云って暗然としていた。
二十二
「あの女」は室《へや》
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