の悪口を云う兄の言葉を、今までついぞ一度も聞いた事がなかった。
「兄さんは相変らず勉強ですか。ああ勉強してはいけないね」
 悠長《ゆうちょう》な彼はこう云って自分の吐いた煙草《たばこ》の煙を眺めていた。

        十五

 やがて用事が三沢の口から切り出された。自分はすぐその後《あと》に随《つ》いて主要な点を説明した。Hさんは首を捻《ひね》った。
「そりゃ少し妙ですね、そんなはずはなさそうだがね」
 彼の不審はけっして偽《いつわり》とは見えなかった。彼は昨日《きのう》Kの結婚披露に兄と精養軒で会った。そこを出る時にもいっしょに出た。話が途切《とぎ》れないので、浮か浮かと二人連立って歩いた。しまいに兄が疲れたといった。Hさんは自分の家に兄を引張って行った。
「兄さんはここで晩飯を食ったくらいなんだからね。どうも少しも不断と違ったところはないようでしたよ」
 わがままに育った兄は、平生から家《うち》で気むずかしい癖に、外では至極《しごく》穏かであった。しかしそれは昔の兄であった。今の彼を、ただ我儘《わがまま》の二字で説明するのは余りに単純過ぎた。自分はやむをえずその時兄がHさんに向
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