きょう》があった。
 自分は三沢と夜更《よふけ》に寒い町を帰って来て、下宿の冷たい夜具に潜《もぐ》り込みながら、時々お貞さんの事を思い出した。そうして彼女もこんな冷たい夜具を引き担《かつ》ぎながら、今頃は近い未来に逼《せま》る暖かい夢を見て、誰も気のつかない笑い顔を、半《なか》ば天鵞絨《びろうど》の襟《えり》の裡《なか》に埋《うず》めているだろうなどと想像した。
 彼女の結婚する二三日前に、岡田と佐野は、氷を裂くような汽車の中から身を顫《ふる》わして新橋の停車場《ステーション》に下りた。彼は迎えに出た自分の顔を見て、いようという掛声《かけごえ》をした。それから「相変らず二郎さんは呑気《のんき》だね」と云った。岡田は己《おの》れの呑気さ加減を自覚しない男のようにも思われた。
 翌日番町へ行ったら、岡田一人のために宅中《うちじゅう》騒々しく賑《にぎわ》っていた。兄もほかの事と違うという意味か、別に苦《にが》い顔もせずに、その渦中《かちゅう》に捲込《まきこ》まれて黙っていた。
「二郎さん、今になって下宿するなんて、そんな馬鹿がありますか、家《うち》が淋《さび》しくなるだけじゃありませんか。ね
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