時、自分はしばらく茫然《ぼうぜん》として兄の顔を打ち守っていた。彼がわざとこう云う失礼な皮肉を云うのか、そうでなければ彼の頭に少し変調を来《きた》したのか、どっちだか解らないうちは、自分にもどの見当《けんとう》へ打って出て好いものか、料簡《りょうけん》が定まらなかった。
 彼の言葉は平生から皮肉《ひにく》たくさんに自分の耳を襲った。しかしそれは彼の智力が我々よりも鋭敏に働き過ぎる結果で、その他に悪気のない事は、自分によく呑み込めていた。ただこの一言《いちごん》だけは鼓膜《こまく》に響いたなり、いつまでもそこでじんじん熱く鳴っていた。
 兄は自分の顔を見て、えへへと笑った。自分はその笑いの影にさえ歇斯的里性《ヒステリせい》の稲妻《いなずま》を認めた。
「無論一人で出る気だろう。誰も連れて行く必要はないんだから」
「もちろんです。ただ一人になって、少し新しい空気を吸いたいだけです」
「新しい空気はおれも吸いたい。しかし新しい空気を吸わしてくれる所は、この広い東京に一カ所もない」
 自分は半《なか》ばこの好んで孤立している兄を憐《あわ》れんだ。そうして半ば彼の過敏な神経を悲しんだ。
「ちっと
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