て自分の力で持上げるのも困難なくらい、重くてかつ大きなものであった。自分は子供の時分からこの金盥を見て、きっと大人《おとな》の行水《ぎょうずい》を使うものだとばかり想像して、一人|嬉《うれ》しがっていた。金盥は今|塵《ちり》で佗《わび》しく汚れていた。低い硝子戸越《ガラスどご》しには、これも自分の子供時代から忘れ得ない秋海棠《しゅうかいどう》が、変らぬ年ごとの色を淋《さみ》しく見せていた。自分はこれらの前に立って、よく秋先《あきさき》に玄関前の棗《なつめ》を、兄と共に叩《たた》き落して食った事を思い出した。自分はまだ青年だけれども、自分の背後にはすでにこれだけ無邪気な過去がずっと続いている事を発見した時、今昔の比較が自《おのず》から胸に溢《あふ》れた。そうしてこれからこの餓鬼大将《がきだいしょう》であった兄と不愉快な言葉を交換して、わが家を出なければならないという変化に想《おも》い及んだ。
二十六
その日自分が事務所から帰ってお重に「兄さんは」と聞くと、「まだよ」という返事を得た。
「今日はどこかへ廻る日なのかね」と重《かさ》ねて尋ねた時、お重は「どうだか知らない
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