兄に対してこの場合何と挨拶《あいさつ》すべきものか自分には解らなかった。
「そりゃあなたのいう遺伝とか性質とかいうものじゃおそらくないでしょう。今の日本の社会があれでなくっちゃ、通させないから、やむをえないのじゃないですか。世の中にゃお父さんどころかまだまだたまらないおっちょこ[#「おっちょこ」に傍点]がありますよ。兄さんは書斎と学校で高尚に日を暮しているから解らないかも知れないけれども」
「そりゃおれも知ってる。お前の云う通りだ。今の日本の社会は――ことによったら西洋もそうかも知れないけれども――皆《みん》な上滑《うわすべ》りの御上手ものだけが存在し得るように出来上がっているんだから仕方がない」
 兄はこう云ってしばらく沈黙の裡《うち》に頭を埋《うず》めていた。それから怠《だる》そうな眼を上げた。
「しかし二郎、お父さんのは、お気の毒だけれども、持って生れた性質なんだよ。どんな社会に生きていても、ああよりほかに存在の仕方はお父さんに取ってむずかしいんだね」
 自分はこの学問をして、高尚になり、かつ迂濶《うかつ》になり過ぎた兄が、家中《うちじゅう》から変人扱いにされるのみならず、親身の
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