て遠い未来は全く頭の中に浮かんで来なかったって」
「無邪気なものですね」と兄はむしろ賛嘆《さんたん》の口《くち》ぶりを見せた。今まで黙っていた客が急に兄に賛成して、「全くのところ無邪気だ」とか「なるほど若いものになるといかにも一図《いちず》ですな」とか云った。
「ところが一週間|経《た》つか経たないうちにそいつが後悔し始めてね、なに女は平気なんだが、そいつが自分で恐縮してしまったのさ。坊ちゃんだけに意気地のない事ったら。しかし正直ものだからとうとう女に対してまともに結婚破約を申し込んで、しかもきまりの悪そうな顔をして、御免《ごめん》よとか何とか云って謝罪《あや》まったんだってね。そこへ行くとおない年だって先は女だもの、『御免よ』なんて子供らしい言葉を聞けば可愛《かわ》いくもなるだろうが、また馬鹿馬鹿しくもなるだろうよ」
父は大きな声を出して笑った。御客もその反響のごとくに笑った。兄だけはおかしいのだか、苦々《にがにが》しいのだか変な顔をしていた。彼の心にはすべてこう云う物語が厳粛な人生問題として映るらしかった。彼の人生観から云ったら父の話しぶりさえあるいは軽薄に響いたかもしれない。
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