まるでそれまで知らなかったのだそうだ。当人もまた婦人に慕《した》われるなんて粋事《いきごと》は自分のようなものにとうてい有り得べからざる奇蹟《きせき》と思っていたのだそうだ。ところがその奇蹟が突然天から降って来たので大変驚ろいたんですね」
 話しかけられた客はむしろ真面目《まじめ》な顔をして、「なるほど」と受けていたが、自分はおかしくてたまらなかった。淋《さみ》しそうな兄の頬《ほお》にも笑の渦《うず》が漂《ただ》よった。
「しかもそれが男の方が消極的で、女の方が積極的なんだからいよいよ妙ですよ。私がそいつに、その女が君に覚召《おぼしめし》があると悟ったのはどういう機《はずみ》だと聞いたらね。真面目《まじめ》な顔をして、いろいろ云いましたが、そのうちで一番面白いと思ったせいか、いまだに覚えているのは、そいつが瓦煎餅《かわらせんべい》か何か食ってるところへ女が来て、私にもその御煎餅《おせんべ》をちょうだいなと云うや否や、そいつの食い欠いた残りの半分を引《ひ》っ手繰《たく》って口へ入れたという時なんです」
 父の話方は無論|滑稽《こっけい》を主にして、大事の真面目な方を背景に引き込ましてしま
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