自分より前に兄夫婦が横向になって、行儀よく併《なら》んで坐《すわ》っていたので、自分は鹿爪《しかつめ》らしく嫂《あによめ》の次に席を取った。「何をやるんです」と坐りながら聞いたら、この道について何の素養も趣味もない嫂は、「何でも景清《かげきよ》だそうです」と答えて、それぎり何とも云わなかった。
客のうちで赭顔《あからがお》の恰腹《かっぷく》の好い男が仕手《して》をやる事になって、その隣の貴族院議員が脇《わき》、父は主人役で「娘」と「男」を端役《はやく》だと云う訳か二つ引き受けた。多少謡を聞分ける耳を持っていた自分は、最初からどんな景清ができるかと心配した。兄は何を考えているのか、はなはだ要領を得ない顔をして、凋落《ちょうらく》しかかった前世紀の肉声を夢のように聞いていた。嫂の鼓膜《こまく》には肝腎《かんじん》の「松門《しょうもん》」さえ人間としてよりもむしろ獣類の吠《うなり》として不快に響いたらしい。自分はかねてからこの「景清」という謡《うたい》に興味を持っていた。何だか勇ましいような惨《いた》ましいような一種の気分が、盲目《もうもく》の景清の強い言葉遣《ことばづかい》から、また遥々
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