家として、たいていは書斎裡《しょさいり》の人であったので、いくら腹のうちでこの少女を鍾愛《しょうあい》しても、鍾愛の報酬たる親しみの程度ははなはだ稀薄《きはく》なものであった。感情的な兄がそれを物足らず思うのも無理はなかった。食卓の上などでそれが色に出る時さえ兄の性質としてはたまにはあった。そうなるとほかのものよりお重が承知しなかった。
「芳江さんは御母さん子ね。なぜ御父さんの側《そば》に行かないの」などと故意《わざ》とらしく聞いた。
「だって……」と芳江は云った。
「だってどうしたの」とお重がまた聞いた。
「だって怖《こわ》いから」と芳江はわざと小さな声で答えた。それがお重にはなおさら忌々《いまいま》しく聞こえるのであった。
「なに? 怖いって? 誰が怖いの?」
こんな問答がよく繰り返えされて、時には五分も十分も続いた。嫂《あによめ》はこう云う場合に、けっして眉目《びもく》を動さなかった。いつでも蒼《あお》い頬に微笑を見せながらどこまでも尋常な応対をした。しまいには父や母が双方を宥《なだ》めるために、兄から果物を貰わしたり、菓子を受け取らしたりさせて、「さあそれで好い。御父さんから
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