った」
兄はこう云った。そうしてその声は低くかつ顫《ふる》えていた。彼は母の手前、宿の手前、また自分の手前と問題の手前とを兼ねて、高くなるべきはずの咽喉《のど》を、やっとの思いで抑えているように見えた。
「お前そんな冷淡な挨拶を一口したぎりで済むものと、高《たか》を括《くく》ってるのか、子供じゃあるまいし」
「いえけっしてそんなわけじゃありません」
これだけの返事をした時の自分は真に純良なる弟であった。
四十三
「そう云うつもりでなければ、つもりでないようにもっと詳《くわし》く話したら好いじゃないか」
兄は苦《にが》り切って団扇《うちわ》の絵を見つめていた。自分は兄に顔を見られないのを幸いに、暗に彼の様子を窺《うかが》った。自分からこういうと兄を軽蔑《けいべつ》するようではなはだすまないが、彼の表情のどこかには、というよりも、彼の態度のどこかには、少し大人気《おとなげ》を欠いた稚気《ちき》さえ現われていた。今の自分はこの純粋な一本調子に対して、相応の尊敬を払う見地《けんち》を具《そな》えているつもりである。けれども人格のできていなかった当時の自分には、ただ向《
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