辞《おせじ》を使うの。妾御世辞は大嫌《だいきら》いよ。兄さんも御嫌いよ」
「御世辞なんか嬉《うれ》しがるものもないでしょうけれども、もう少しどうかしたら兄さんも幸福でしょうし、姉さんも仕合せだろうから……」
「よござんす。もう伺わないでも」と云った嫂《あね》は、その言葉の終らないうちに涙をぽろぽろと落した。
「妾《あたし》のような魂《たましい》の抜殻《ぬけがら》はさぞ兄さんには御気に入らないでしょう。しかし私はこれで満足です。これでたくさんです。兄さんについて今まで何の不足を誰にも云った事はないつもりです。そのくらいの事は二郎さんもたいてい見ていて解りそうなもんだのに……」
泣きながら云う嫂《あによめ》の言葉は途切《とぎ》れ途切れにしか聞こえなかった。しかしその途切れ途切れの言葉が鋭い力をもって自分の頭に応《こた》えた。
三十二
自分は経験のある或る年長者から女の涙に金剛石《ダイヤ》はほとんどない、たいていは皆ギヤマン細工《ざいく》だとかつて教わった事がある。その時自分はなるほどそんなものかと思って感心して聞いていた。けれどもそれは単に言葉の上の智識に過ぎなかっ
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