「その人の書翰《しょかん》の一つのうちに彼はこんな事を云っている。――自分は女の容貌《ようぼう》に満足する人を見ると羨《うらや》ましい。女の肉に満足する人を見ても羨ましい。自分はどうあっても女の霊《れい》というか魂《たましい》というか、いわゆるスピリットを攫《つか》まなければ満足ができない。それだからどうしても自分には恋愛事件が起らない」
「メレジスって男は生涯《しょうがい》独身で暮したんですかね」
「そんな事は知らない。またそんな事はどうでも構わないじゃないか。しかし二郎、おれが霊も魂もいわゆるスピリットも攫まない女と結婚している事だけはたしかだ」

        二十一

 兄の顔には苦悶《くもん》の表情がありありと見えた。いろいろな点において兄を尊敬する事を忘れなかった自分は、この時胸の奥でほとんど恐怖に近い不安を感ぜずにはいられなかった。
「兄さん」と自分はわざと落ちつき払って云った。
「何だ」
 自分はこの答を聞くと同時に立った。そうして、ことさらに兄の腰をかけている前を、先刻《さっき》兄がやったと同じように、しかし全く別の意味で、右左へと二三度横切った。兄は自分にはまる
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