。
「兄さんはあんまり考え過ぎるんじゃありませんか、学問をした結果。もう少し馬鹿になったら好いでしょう」
「向うでわざと考えさせるように仕向けて来るんだ。おれの考え慣れた頭を逆に利用して。どうしても馬鹿にさせてくれないんだ」
自分はここにいたって、ほとんど慰藉《いしゃ》の辞《じ》に窮した。自分より幾倍立派な頭をもっているか分らない兄が、こんな妙な問題に対して自分より幾倍頭を悩めているかを考えると、はなはだ気の毒でならなかった。兄が自分より神経質な事は、兄も自分もよく承知していた。けれども今まで兄からこう歇私的里的《ヒステリてき》に出られた事がないので、自分も実は途方に暮れてしまった。
「御前メレジスという人を知ってるか」と兄が聞いた。
「名前だけは聞いています」
「あの人の書翰集《しょかんしゅう》を読んだ事があるか」
「読むどころか表紙を見た事もありません」
「そうか」
彼はこう云って再び自分の傍《そば》へ腰をかけた。自分はこの時始めて懐中に敷島《しきしま》の袋と燐寸《マッチ》のある事に気がついた。それを取り出して、自分からまず火を点《つ》けて兄に渡した。兄は器械的にそれを吸った。
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