りたかった。すると岡田が「それに二人《ふたり》ぎりじゃ淋しくってね」とまたつけ加えた。
「二人ぎりだから仲が好いんでしょう」
「子供ができると夫婦の愛は減るもんでしょうか」
 岡田と自分は実際二人の経験以外にあることをさも心得たように話し合った。
 宅《うち》では食卓の上に刺身だの吸物だのが綺麗《きれい》に並んで二人を待っていた。お兼さんは薄化粧《うすげしょう》をして二人のお酌をした。時々は団扇《うちわ》を持って自分を扇《あお》いでくれた。自分はその風が横顔に当るたびに、お兼さんの白粉《おしろい》の匂《におい》を微《かす》かに感じた。そうしてそれが麦酒《ビール》や山葵《わさび》の香《か》よりも人間らしい好い匂のように思われた。
「岡田君はいつもこうやって晩酌《ばんしゃく》をやるんですか」と自分はお兼さんに聞いた。お兼さんは微笑しながら、「どうも後引上戸《あとひきじょうご》で困ります」と答えてわざと夫の方を見やった。夫は、「なに後《あと》が引けるほど飲ませやしないやね」と云って、傍《そば》にある団扇を取って、急に胸のあたりをはたはたいわせた。自分はまた急にこっちで会うべきはずの友達の事に
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