るとすぐ彼を訪《と》うたのには理由があった。自分はここへ来る一週間前ある友達と約束をして、今から十日以内に阪地《はんち》で落ち合おう、そうしていっしょに高野《こうや》登りをやろう、もし時日《じじつ》が許すなら、伊勢から名古屋へ廻《まわ》ろう、と取りきめた時、どっちも指定すべき場所をもたないので、自分はつい岡田の氏名と住所を自分の友達に告げたのである。
「じゃ大阪へ着き次第、そこへ電話をかければ君のいるかいないかは、すぐ分るんだね」と友達は別れるとき念を押した。岡田が電話をもっているかどうか、そこは自分にもはなはだ危《あや》しかったので、もし電話がなかったら、電信でも郵便でも好《い》いから、すぐ出してくれるように頼んでおいた。友達は甲州線《こうしゅうせん》で諏訪《すわ》まで行って、それから引返して木曾《きそ》を通った後《あと》、大阪へ出る計画であった。自分は東海道を一息《ひといき》に京都まで来て、そこで四五日|用足《ようたし》かたがた逗留《とうりゅう》してから、同じ大阪の地を踏む考えであった。
 予定の時日を京都で費《ついや》した自分は、友達の消息《たより》を一刻も早く耳にするため停車場
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