くこの美しい看護婦から自分は運勢早見《うんせいはやみ》なんとかいう、玩具《おもちゃ》の占《うらな》いの本みたようなものを借りて、三沢の室でそれをやって遊んだ。
 これは赤と黒と両面に塗り分けた碁石《ごいし》のような丸く平たいものをいくつか持って、それを眼を眠《ねむ》ったまま畳の上へ並べて置いて、赤がいくつ黒がいくつと後から勘定《かんじょう》するのである。それからその数字を一つは横へ、一つは竪《たて》に繰って、両方が一点に会《かい》したところを本で引いて見ると、辻占《つじうら》のような文句が出る事になっていた。
 自分が眼を閉じて、石を一つ一つ畳の上に置いたとき、看護婦は赤がいくつ黒がいくつと云いながら占《うらな》いの文句を繰ってくれた。すると、「この恋もし成就《じょうじゅ》する時は、大いに恥を掻《か》く事あるべし」とあったので、彼女は読みながら吹き出した。三沢も笑った。
「おい気をつけなくっちゃいけないぜ」と云った。三沢はその前から「あの女」の看護婦に自分が御辞儀《おじぎ》をするところが変だと云って、始終《しじゅう》自分に調戯《からか》っていたのである。
「君こそ少し気をつけるが好い」と自分は三沢に竹箆返《しっぺいがえ》しを喰わしてやった。すると三沢は真面目《まじめ》な顔をして「なぜ」と反問して来た。この場合この強情な男にこれ以上いうと、事が面倒になるから自分は黙っていた。
 実際自分は三沢が「あの女」の室《へや》へ出入《でいり》する気色《けしき》のないのを不審に思っていたが一方ではまた彼の熱しやすい性質を考えて、今まではとにかく、これから先彼がいつどう変返《へんがえ》るかも知れないと心配した。彼はすでに下の洗面所まで行って、朝ごとに顔を洗うぐらいの気力を回復していた。
「どうだもう好い加減に退院したら」
 自分はこう勧めて見た。そうして万一金銭上の関係で退院を躊躇《ちゅうちょ》するようすが見えたら、彼が自宅から取り寄せる手間《てま》と時間を省《はぶ》くため、自分が思い切って一つ岡田に相談して見ようとまで思った。三沢は自分の云う事には何の返事も与えなかった。かえって反対に「いったい君はいつ大阪を立つつもりだ」と聞いた。

        二十七

 自分は二日前に天下茶屋《てんがちゃや》のお兼さんから不意の訪問を受けた。その結果としてこの間岡田が電話口で自分に話しか
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