ゅう》兄さんのお給仕をしたものだそうですね。昨夜《ゆうべ》は性格の点からお貞さんに比較され、今朝はまたお給仕の具合で同じお貞さんにたとえられた私は、つい兄さんに向って質問を掛けて見る気になりました。
「君はそのお貞さんとかいう人と、こうしていっしょに住んでいたら幸福になれると思うのか」
 兄さんは黙って箸《はし》を口へ持って行きました。私は兄さんの態度から推《お》して、おおかた返事をするのが厭《いや》なんだろうと考えたので、それぎり後《あと》を推《お》しませんでした。すると兄さんの答が、御飯を二口三口|嚥《の》み下《くだ》したあとで、不意に出て来ました。
「僕はお貞さんが幸福に生れた人だと云った。けれども僕がお貞さんのために幸福になれるとは云やしない」
 兄さんの言葉はいかにも論理的に終始を貫いて真直《まっすぐ》に見えます。けれども暗い奥には矛盾がすでに漂《ただ》よっています。兄さんは何にも拘泥《こうでい》していない自然の顔をみると感謝したくなるほど嬉《うれ》しいと私に明言した事があるのです。それは自分が幸福に生れた以上、他《ひと》を幸福にする事もできると云うのと同じ意味ではありませんか。私は兄さんの顔を見てにやにやと笑いました。兄さんはそうなるとただではすまされない男です。すぐ食いついて来ます。
「いや本当にそうなのだ。疑ぐられては困る。実際僕の云った事は云った事で、云わない事は云わない事なんだから」
 私は兄さんに逆《さか》らいたくはありませんでした。けれどもこれほど頭の明かな兄さんが、自分の平生から軽蔑《けいべつ》している言葉の上の論理を弄《もてあそ》んで、平気でいるのは少しおかしいと思いました。それで私の腹にあった兄さんの矛盾を遠慮なく話して聞かせました。
 兄さんはまた無言で飯を二口ほど頬張《ほおば》りました。兄さんの茶碗はその時|空《から》になりましたが、飯櫃《めしびつ》は依然として兄さんの手の届かない私の傍《そば》にありました。私はもう一遍給仕をする考えで、兄さんの鼻の先へ手を出したのです。ところが今度は兄さんが応じません。こっちへ寄こしてくれと云います。
 私は飯櫃を向うへ押してやりました。兄さんは自分でしゃもじを取って、飯をてこ盛《もり》にもり上げました。それからその茶碗を膳《ぜん》の上に置いたまま、箸《はし》も執《と》らずに私に問いかけるのです。
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