の所に並んで腰をかけました。聞こえないようなまた聞こえるようなピアノの音が、時々二人の耳を掠《かす》めに来ます。二人共無言でした。兄さんの吸う煙草《たばこ》の先が時々赤くなりました。

        五十

 私はお貞さんのつづきでも出る事と思って、暗い中でそれとなく兄さんの声を待ち受けていたのですが、兄さんは煙草に魅《み》せられた人のように、時々紙巻の先を赤くするだけで、なかなか口を開きません。それを石段の下へ投げて私の方へ向いた時は、もう話題がお貞さんを離れていました。私は少し意外に思いました。兄さんの題目は、お貞さんに関係のないばかりか、ピアノの音にも、広い芝生にも、美しい別荘にも、乃至《ないし》は避暑にも旅行にも、すべて我々の周囲と現在とは全く交渉を絶った昔の坊さんの事でした。
 坊さんの名はたしか香厳《きょうげん》とか云いました。俗にいう一を問えば十を答え、十を問えば百を答えるといった風の、聡明霊利《そうめいれいり》に生れついた人なのだそうです。ところがその聡明霊利が悟道《ごどう》の邪魔になって、いつまで経《た》っても道に入れなかったと兄さんは語りました。悟《さとり》を知らない私にもこの意味はよく通じます。自分の智慧《ちえ》に苦しみ抜いている兄さんにはなおさら痛切に解っているでしょう。兄さんは「全く多知多解《たちたげ》が煩《わずらい》をなしたのだ」ととくに注意したくらいです。
 数年《すねん》の間|百丈禅師《ひゃくじょうぜんじ》とかいう和尚《おしょう》さんについて参禅したこの坊さんはついに何の得るところもないうちに師に死なれてしまったのです。それで今度は※[#「さんずい+爲」、第3水準1−87−10]山《いさん》という人の許《もと》に行きました。※[#「さんずい+爲」、第3水準1−87−10]山は御前のような意解識想《いげしきそう》をふり舞わして得意がる男はとても駄目《だめ》だと叱りつけたそうです。父も母も生れない先の姿になって出て来いと云ったそうです。坊さんは寮舎に帰って、平生読み破った書物上の知識を残らず点検したあげく、ああああ画《え》に描《か》いた餅《もち》はやはり腹の足《たし》にならなかったと嘆息したと云います。そこで今まで集めた書物をすっかり焼き棄《す》ててしまったのです。
「もう諦《あきら》めた。これからはただ粥《かゆ》を啜《すす》って生きて
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