けっして自分の室の裡《うち》に見出されなかった。
 父も来なかった。
 三沢は時々来た。自分はある機会を利用して、それとなく彼にお重を貰う意があるかないかを探って見た。
「そうだね。あのお嬢さんももう年頃だから、そろそろどこかへ片づける必要が逼《せま》って来るだろうね。早く好い所を見つけて嬉《うれ》しがらせてやりたまえ」
 彼はただこう云っただけで、取り合う気色《けしき》もなかった。自分はそれぎり断念してしまった。
 永いようで短い冬は、事の起りそうで事の起らない自分の前に、時雨《しぐれ》、霜解《しもどけ》、空《から》っ風《かぜ》……と既定の日程を平凡に繰り返して、かように去ったのである。


     塵労


        一

 陰刻《いんこく》な冬が彼岸《ひがん》の風に吹き払われた時自分は寒い窖《あなぐら》から顔を出した人のように明るい世界を眺めた。自分の心のどこかにはこの明るい世界もまた今やり過ごした冬と同様に平凡だという感じがあった。けれども呼息《いき》をするたびに春の匂《におい》が脈《みゃく》の中に流れ込む快よさを忘れるほど自分は老いていなかった。
 自分は天気の好い折々|室《へや》の障子《しょうじ》を明け放って往来を眺めた。また廂《ひさし》の先に横《よこた》わる蒼空《あおぞら》を下から透《すか》すように望んだ。そうしてどこか遠くへ行きたいと願った。学校にいた時分ならもう春休みを利用して旅へ出る支度《したく》をするはずなのだけれども、事務所へ通うようになった今の自分には、そんな自由はとても望めなかった。偶《たま》の日曜ですら寝起《ねおき》の悪い顔を一日下宿に持ち扱って、散歩にさえ出ない事があった。
 自分は半ば春を迎えながら半ば春を呪《のろ》う気になっていた。下宿へ帰って夕飯《ゆうめし》を済ますと、火鉢《ひばち》の前へ坐《すわ》って煙草《たばこ》を吹かしながら茫然《ぼんやり》自分の未来を想像したりした。その未来を織る糸のうちには、自分に媚《こ》びる花やかな色が、新しく活けた佐倉炭《さくらずみ》の焔《ほのお》と共にちらちらと燃え上るのが常であったけれども、時には一面に変色してどこまで行っても灰のように光沢《つや》を失っていた。自分はこういう想像の夢から突然何かの拍子《ひょうし》で現在の我に立ち返る事があった。そうしてこの現在の自分と未来の自分とを運命が
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