こう》よ。本当の鼈甲《べっこう》じゃないんだって。本当の鼈甲は高過ぎるからおやめにしたんですって」と説明した。自分には卵甲という言葉が解らなかった。芳江には無論解らなかった。けれども女の子だけあって、「これ一番安いのよ。四方張《しほうばり》よか安いのよ。玉子の白味で貼《は》り付けるんだから」と云った。「玉子の白味でどこをどう貼り付けるんだい」と聞くと、彼女は、「そんな事知らないわ」と取り済ました口の利《き》き方《かた》をして、さっさと信玄袋を引き摺《ず》って次の間へ行ってしまった。
 自分は母からお貞さんの当日着る着物を見せて貰った。薄紫がかった御納戸《おなんど》の縮緬《ちりめん》で、紋《もん》は蔦、裾《すそ》の模様は竹であった。
「これじゃあまり閑静《かんせい》過ぎやしませんか、年に合わして」と自分は母に聞いて見た。母は「でもねあんまり高くなるから」と答えた。そうして「これでも御前二十五円かかったんだよ」とつけ加えて、無知識な自分を驚かした。地《じ》は去年の春京都の織屋が背負《しょ》って来た時、白のまま三反ばかり用意に買っておいて、この間まで箪笥《たんす》の抽出《ひきだし》にしまったなり放《ほう》ってあったのだそうである。
 お貞さんは一座の席へ先刻《さっき》から少しも顔を出さなかった。自分はおおかたきまりが悪いのだろうと想像して、そのきまりの悪いところを、ここで一目見たいと思った。
「お貞さんはどこにいるんです」と母に聞いた。すると兄が「ああ忘れた。行く前にちょっとお貞さんに話があるんだった」と云った。
 みんな変な顔をしたうちに、嫂《あによめ》の唇《くちびる》には著るしい冷笑の影が閃《ひら》めいた。兄は誰にも取合う気色《けしき》もなく、「ちょっと失敬」と岡田に挨拶《あいさつ》して、二階へ上がった。その足音が消えると間もなく、お貞さんは自分達のいる室《へや》の敷居際《しきいぎわ》まで来て、岡田に叮嚀《ていねい》な挨拶をした。
 彼女は「さあどうぞ」と会釈《えしゃく》する岡田に、「今ちょっと御書斎まで参らなければなりませんから、いずれのちほど」と答えて立ち上がった。彼女の上気したようにほっと赤くなった顔を見た一座のものは、気の毒なためか何だか、強《し》いて引きとめようともしなかった。
 兄の二階へ上がる足音はそれほど強くはなかったが、いつでも上履《スリッパー》を引
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