では大抵|懐《ふところ》へ入れるようだが、これは全くこの心理状態の発達した形式に過ぎないんだろうと思う。幸い安さんがえらい男で、「こりゃ失敬した」と云ってくれたんで、自分はこの形式に陥《おちい》らずに済んだのはありがたかった。
安さんはすぐさま旅費の件を撤回して
「だが東京へは帰るだろうね」
と聞き直した。自分は、死ぬ決心が少々|鈍《にぶ》った際だから、ことによれば、旅費だけでも溜めた上、帰る事にしようと云う腹もあったんで、
「よく考えて見ましょう。いずれその中《うち》また御相談に参りますから」
と答えた。
「そうか。それじゃ、とにかく路の分る所まで送ってやろう」
と煙草入《たばこいれ》を股引《ももひき》へ差し込んで、上から筒服《つつっぽう》の胴を被《かぶ》せた。自分はカンテラ[#「カンテラ」に傍点]を提《さ》げて腰を上げた。安さんが先へ立つ。坑《あな》は存外登り安かった。例の段々を四五遍通り抜けて、二度ほど四つん這《ば》いになったら、かなり天井《てんじょう》の高い、真直《まっすぐ》に立って歩けるような路へ出た。それをだらだらと廻り込んで、右の方へ登り詰めると、突然第一見張所の手前へ
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