どてら」に傍点]が云ってる。本当なんだか御世辞なんだかちょっと見当《けんとう》がつかなかった。とにかく饅頭はどうでも構わないから、肝心《かんじん》の労働問題を聞糾《ききただ》して見ようと思って、
「先刻《さっき》の御話ですがね。実は僕もいろいろの事情があって、働いて飯を食わなくっちゃならない身分なんですが、いったいどんな事をやるんですか」
とこっちから口を切って見た。どてら[#「どてら」に傍点]は正面の菓子台を眺《なが》めていたが、この時急に顔だけ自分の方へ向けて
「君、儲《もう》かるんだぜ。嘘《うそ》じゃない、本当に儲かる話なんだから是非やりたまえ」
と、またぞろ自分を君|呼《よば》わりにして、しきりに儲けさせたがっている。こっちへ向き直って、自分を誘い出そうと力《つと》める顔つきを見ると、頬骨の下が自然《じねん》と落ち込んで、落ち込んだ肉が再び顎《あご》の枠《わく》で角張《かくば》っている。そこへ表から射し込む日の加減で、小鼻の下から弓形《ゆみなり》にでき上った皺《しわ》が深く映っている。この様子を見た自分は何となく儲《もう》けるのが恐ろしくなった。
「僕はそんなに儲けなくっても、
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