どと考えながら用を足した。――実は自分がこれだけの結論に到着するためには、わずかの時間内だがこれほどの手数《てすう》と推論とを要したのである。このくらい骨を折ってすら、まだ長蔵さんのポン引きなる事をいわゆるポン引きなる純粋の意味において会得《えとく》する事が出来なかったのは、年が十九だったからである。
 年の若いのは実に損なもので、こんなにポン引きの近所までどうか、こうか、漕《こ》ぎつけながら、それでも、もしや好意ずくの世話ずきから起った親切じゃあるまいかと思って、飛んだ気兼をしたのはおかしかった。
 実は二人して、用を足して、のそのそ三等待合所の入口まで来た時、自分は比較的威儀を正して長蔵さんに、こんな事を云ったんである。
「あなたに、わざわざ先方《さき》まで連れて行っていただいては恐縮ですから、もうこれでたくさんです」
 すると長蔵さんは返事もせずに変な顔をして、黙って自分の方を見ているから、これは礼の云いようがわるいのかとも思って、
「いろいろ御世話になってありがたいです。これから先はもう僕一人でやりますから、どうか御構いなく」
と云って、しきりに頭を下げた。すると、
「一人でやれるものかね」
と長蔵さんが云った。この時だけは御前さんを省《はぶ》いたようである。
「なにやれます」
と答えたら、
「どうして」
と聞き返されたんで、少し面喰《めんくら》ったが、
「今|貴方《あなた》に伺って置けば、先へ行って貴方の名前を云って、どうかしますから」
ともじもじ述べ立てると、
「御前さん、私《わたし》の名前くらいで、すぐ坑夫になれると思ってるのは大間違いだよ。坑夫なんて、そんなに容易になれるもんじゃないよ」
と跳《はね》つけられちまった。仕方がないから
「でも御気の毒ですから」
と言訳かたがた挨拶《あいさつ》をすると、
「なに遠慮しないでもいい、先方《さき》まで送ってあげるから心配しないがいい。――袖摩《そです》り合うも何とかの因縁《いんねん》だ。ハハハハハ」
と笑った。そこで自分は最後に、
「どうも済みません」
と礼を述べて置いた。
 それから二人でベンチへ隣り合せに腰を掛けていると、だんだん停車場《ステーション》へ人が寄ってくる。大抵は田舎者《いなかもの》である。中には長蔵さんのような袢天《はんてん》兼《けん》どてら[#「どてら」に傍点]を着た上に、天秤棒《てんびん
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