時間を割《さ》いてまでも難句集を暗誦《あんしょう》させるようなものである。ただにそれのみではない、わが専攻する課目のほか、わが担任する授業のほかには天下又一の力を用いるに足るものなきを吹聴《ふいちょう》し来《きた》るのである。吹聴し来るだけならまだいい。はてはあらゆる他の課目を罵倒《ばとう》し去るのである。
 かかる行動に出《い》ずる人の中で、相当の論拠《ろんきょ》があって公然文部省所定の課目に服せぬものはここに引き合に出す限りではない。それほどの見識のある人ならば結構である。四角に仕切った芝居小屋の枡《ます》みたような時間割のなかに立て籠《こも》って、土竜《もぐら》のごとく働いている教師より遥《はる》かに結構である。しかし英語だけの本城に生涯《しょうがい》の尻を落ちつけるのみならず、櫓《やぐら》から首を出して天下の形勢を視察するほどの能力さえなきものが、いたずらに自尊の念と固陋《ころう》の見《けん》を綯《よ》り合せたるごとき没分暁《ぼつぶんぎょう》の鞭《むち》を振って学生を精根のつづく限りたたいたなら、見じめなのは学生である。熱心は敬服すべきである。精神は嘉《よみ》すべきである。その
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