性の発展した十九世紀にすくんで、隣りの人には心置なく滅多《めった》に寝返りも打てないから、大将少しやけになってあんな乱暴をかき散らしたのだね。あれを読むと壮快と云うよりむしろ気の毒になる。あの声は勇猛精進《ゆうもうしょうじん》の声じゃない、どうしても怨恨痛憤《えんこんつうふん》の音《おん》だ。それもそのはずさ昔は一人えらい人があれば天下|翕然《きゅうぜん》としてその旗下にあつまるのだから、愉快なものさ。こんな愉快が事実に出てくれば何もニーチェ見たように筆と紙の力でこれを書物の上にあらわす必要がない。だからホーマーでもチェヴィ・チェーズでも同じく超人的な性格を写しても感じがまるで違うからね。陽気ださ。愉快にかいてある。愉快な事実があって、この愉快な事実を紙に写しかえたのだから、苦味《にがみ》はないはずだ。ニーチェの時代はそうは行かないよ。英雄なんか一人も出やしない。出たって誰も英雄と立てやしない。昔は孔子《こうし》がたった一人だったから、孔子も幅を利《き》かしたのだが、今は孔子が幾人もいる。ことによると天下がことごとく孔子かも知れない。だからおれは孔子だよと威張っても圧《おし》が利かない
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