いて今代《きんだい》の人は探偵的である。泥棒的である。探偵は人の目を掠《かす》めて自分だけうまい事をしようと云う商売だから、勢《いきおい》自覚心が強くならなくては出来ん。泥棒も捕《つか》まるか、見つかるかと云う心配が念頭を離れる事がないから、勢自覚心が強くならざるを得ない。今の人はどうしたら己《おの》れの利になるか、損になるかと寝ても醒《さ》めても考えつづけだから、勢探偵泥棒と同じく自覚心が強くならざるを得ない。二六時中キョトキョト、コソコソして墓に入《い》るまで一刻の安心も得ないのは今の人の心だ。文明の咒詛《じゅそ》だ。馬鹿馬鹿しい」
「なるほど面白い解釈だ」と独仙君が云い出した。こんな問題になると独仙君はなかなか引込《ひっこ》んでいない男である。「苦沙弥君の説明はよく我意《わがい》を得ている。昔《むか》しの人は己れを忘れろと教えたものだ。今の人は己れを忘れるなと教えるからまるで違う。二六時中己れと云う意識をもって充満している。それだから二六時中太平の時はない。いつでも焦熱地獄だ。天下に何が薬だと云って己れを忘れるより薬な事はない。三更月下《さんこうげっか》入無我《むがにいる》とはこ
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