ほか、何にも質問が出ないので「サンドラ・ベロニが月下に竪琴《たてごと》を弾いて、以太利亜風《イタリアふう》の歌を森の中でうたってるところは、君の庚申山《こうしんやま》へヴァイオリンをかかえて上《のぼ》るところと同曲にして異巧なるものだね。惜しい事に向うは月中《げっちゅう》の嫦娥《じょうが》を驚ろかし、君は古沼《ふるぬま》の怪狸《かいり》におどろかされたので、際《きわ》どいところで滑稽《こっけい》と崇高の大差を来たした。さぞ遺憾《いかん》だろう」と一人で説明すると、
「そんなに遺憾ではありません」と寒月君は存外平気である。
「全体山の上でヴァイオリンを弾こうなんて、ハイカラをやるから、おどかされるんだ」と今度は主人が酷評を加えると、
「好漢《こうかん》この鬼窟裏《きくつり》に向って生計を営む。惜しい事だ」と独仙君は嘆息した。すべて独仙君の云う事は決して寒月君にわかったためしがない。寒月君ばかりではない、おそらく誰にでもわからないだろう。
「そりゃ、そうと寒月君、近頃でも矢張り学校へ行って珠《たま》ばかり磨いてるのかね」と迷亭先生はしばらくして話頭を転じた。
「いえ、こないだうちから国へ帰
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