セが、仕方がねえ、いいから取っときゃ、今に食ってやらあ」と自分のために誂《あつら》えたもののごとくいう。「今度は本当の御馳走だ。結構結構」と吾輩はなるべく彼を帰そうとする。「御めっちの知った事じゃねえ。黙っていろ。うるせえや」と云いながら突然|後足《あとあし》で霜柱《しもばしら》の崩《くず》れた奴を吾輩の頭へばさりと浴《あ》びせ掛ける。吾輩が驚ろいて、からだの泥を払っている間《ま》に黒は垣根を潜《くぐ》って、どこかへ姿を隠した。大方西川の牛《ぎゅう》を覘《ねらい》に行ったものであろう。
家《うち》へ帰ると座敷の中が、いつになく春めいて主人の笑い声さえ陽気に聞える。はてなと明け放した椽側から上《あが》って主人の傍《そば》へ寄って見ると見馴れぬ客が来ている。頭を奇麗に分けて、木綿《もめん》の紋付の羽織に小倉《こくら》の袴《はかま》を着けて至極《しごく》真面目そうな書生体《しょせいてい》の男である。主人の手あぶりの角を見ると春慶塗《しゅんけいぬ》りの巻煙草《まきたばこ》入れと並んで越智東風君《おちとうふうくん》を紹介致|候《そろ》水島寒月という名刺があるので、この客の名前も、寒月君の友人で
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