w不明瞭な文句である。参考のためちょっと聞いておきたいが、聞いたって明瞭な答弁は得られぬに極《き》まっているから、面《めん》と対《むか》ったまま無言で立っておった。いささか手持無沙汰の体《てい》である。すると突然黒のうちの神《かみ》さんが大きな声を張り揚げて「おや棚へ上げて置いた鮭《しゃけ》がない。大変だ。またあの黒の畜生《ちきしょう》が取ったんだよ。ほんとに憎らしい猫だっちゃありゃあしない。今に帰って来たら、どうするか見ていやがれ」と怒鳴《どな》る。初春《はつはる》の長閑《のどか》な空気を無遠慮に震動させて、枝を鳴らさぬ君が御代《みよ》を大《おおい》に俗了《ぞくりょう》してしまう。黒は怒鳴るなら、怒鳴りたいだけ怒鳴っていろと云わぬばかりに横着な顔をして、四角な顋《あご》を前へ出しながら、あれを聞いたかと合図をする。今までは黒との応対で気がつかなかったが、見ると彼の足の下には一切れ二銭三厘に相当する鮭の骨が泥だらけになって転がっている。「君|不相変《あいかわらず》やってるな」と今までの行き掛りは忘れて、つい感投詞を奉呈した。黒はそのくらいな事ではなかなか機嫌を直さない。「何がやってるで
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