が恐縮しているところは何となく不調和なものだ。途中で先生に逢ってさえ礼をしないのを自慢にするくらいの連中が、たとい三十分でも人並に坐るのは苦しいに違ない。ところを生れ得て恭謙《きょうけん》の君子、盛徳の長者《ちょうしゃ》であるかのごとく構えるのだから、当人の苦しいにかかわらず傍《はた》から見ると大分《だいぶ》おかしいのである。教場もしくは運動場であんなに騒々しいものが、どうしてかように自己を箝束《かんそく》する力を具《そな》えているかと思うと、憐れにもあるが滑稽《こっけい》でもある。こうやって一人ずつ相対《あいたい》になると、いかに愚※[#「馬+埃のつくり」、第3水準1−94−13]《ぐがい》なる主人といえども生徒に対して幾分かの重みがあるように思われる。主人も定めし得意であろう。塵《ちり》積って山をなすと云うから、微々たる一生徒も多勢《たぜい》が聚合《しゅうごう》すると侮《あなど》るべからざる団体となって、排斥《はいせき》運動やストライキをしでかすかも知れない。これはちょうど臆病者が酒を??ナ大胆になるような現象であろう。衆を頼んで騒ぎ出すのは、人の気に酔っ払った結果、正気を取り落し
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